ABOの「音楽・生聞(ナマギキ)通信」
【第3話】
ディジュリドゥーについて、よく聞かれるのが、「楽譜とか、あるんですか?」
ということ。ナイです。一応、何分くらいやるかは決めていますが、あとはその時の気分次第。いわゆる即興とかフリーとかいうヤツです。
次の質問。「メロディーとか、どうやって吹くんですか?」
指で押さえる穴がないので、メロディーは吹けません。お経の様なのなら出来ますが。
・・という訳で今回は私の楽器、ディジュリドゥーの話です。
『ディジュリドゥー』
私の経営するライブハウス・ジロキチが19年目を迎えた1993年。店というのは子供と一緒で、それまでずっと骨身を削って働いてきた(ここンとこ強調)。久しぶりにゆっくり旅でもしたい。
店のスタッフには、しばらく旅に出るとだけ言い残し、行く先も言わずに出発した。 向かった先はオーストラリア。
そこには私の人生を変える出会いが待っていた。
南西部の小さな街、フリーマントル。まるで映画のセットの様な洒落た街並み。こぎれいな店が並んだ通りを歩いていると、どこからか、低い音がうなるように聞こえてくる。見回すと、少し先に、浅黒い肌のアボリジニの青年が路上に座って、長い木の棒のようなものを吹いている姿があった。
吸い寄せられるように、彼に近づく。
近づくにつれ、聞いたこともないような重低音が、幾重にも重なり、次第に大きくなった。彼の前に立つと、空気がビリビリいうようなバイブレーション、分厚い音が、大蛇のようにうねりながら迫ってくる感じがした。ザワザワと体中に鳥肌が立つ。その瞬間、「俺の楽器だ!」と、直感した。
* * *
ディジュリドゥー。オーストラリアの先住民アボリジニに伝わる世界最古の民族楽器。この舌をかみそうな名前は、音の感じから付けられた英語名で、アボリジニの部族語では、『イダキ』、『マゴ』など、それぞれ独自の呼び名があるそうだ。
ユーカリの木の柔らかい芯の部分をシロアリが食べ、筒状になったという、シンプルな管楽器。自然のままの形なので、同じものは二つとなく、長さも、1.2mから2m近い物まで様々だ。循環呼吸という、鼻で吸いつつ、口から息を出し続ける呼吸法で、途切れることなく音を出し続けることが出来る。
太古の昔、シロアリに喰われ中が空洞になったユーカリの木が倒れ、そこに風が吹き、自然に音が鳴ったのが、始まりと言われている。アボリジニは、ディジュリドゥーで、風の音や、カンガルーが赤い大地を飛び跳ねる音、部族の言い伝えなどを表現したり、儀式のときや、仲間との交信に使ったりしたそうだ。
* * *
私は早速、自分のディジュリドゥーを手に入れ、音を出す練習を始めた。
が、首振り三年と言われる尺八と同様、このディジュリドゥも簡単には音が出ない。長年音楽関係の仕事をしていたとは言え、聞く方が専門で、生まれてこのかた、楽器など触ったこともないのだ。音が出るのに1週間。2ヶ月以上かかって、ようやく循環呼吸を会得した。
どこへ行くにもディジュリドゥーを手放さず、ひもで縛って、背中に斜めに掛けて歩いていたので、よく地元のオーストラリア人に「サムライ」と言われた。「背中にしょっているのは、刀か?」と。
こうして、約半年間の修行の旅を終え、ディジュリドゥープレイヤーになるという大きな夢と共に帰国した。駆け出しの頃は、それこそ、何拍子とか、キーが何とかいうのも全然分からなくて、心優しいミュージシャンにこっそり聞いたり、夢中で吹きまくっていて『終わり』の合図に気付かず、演奏が終わっても一人だけ吹いていて、みんな終わるに終われず、また演奏が始まってしまった、なんてこともあ
った。
世界的ジャズピアニスト・山下洋輔さんと演らせてもらった時は、さすがに緊張した。終わった後、「楽しかったよ!」と言ってくれた山下さん、以後、毎年山下さんの誕生月の2月に、ジロキチで一緒にライブをさせてもらっている。