ABOの「音楽・生聞(ナマギキ)通信」
北海道「当別新聞」に2008年4月~月一で連載されたコラムです
お気に入りのCDなら、好きな時に何度でも聴けるが、ナマの音楽には、その時、その場所でしか、出会えない。
ナマの音楽を聴きたい時は、ライブハウスに行こう。ライブハウスというと、デビュー前のロックグループとファンの若い子がこぶし振り上げて、大音量で、というイメージを持っている人も多いかと思うが、程よい広さのスペースで、普段着感覚で、プロのミュージシャンがじっくりと聞かせてくれる、そんな店も数多く存在する。
ライブハウスを長年に渡り経営し、自らもミュージシャンであるABOの、ライブハウスや音楽にまつわるヨモヤマ話。
【第4話-前編-】
『ニューオリンズのアルじいさん』
アメリカ南部ルイジアナ州の都市、ニューオリンズ。近年ハリケーンのニュースで取り上げられることが多いが、ジャズ発祥の地として有名だ。今回はそのニューオリンズから来た、とびきり陽気でチャーミングなピアノ弾き・アルじいさんの話。
* * *
1990年前後、東京ではニューオリンズ音楽が流行の兆しを見せていた。ジロキチ周辺のブルース系ミュージシャン達は、いち早くニューオリンズと日本を行き来して、活動を始めていたし、若者に熱狂的な支持を得ていたロックバンド、ボ・ガンボスが、ニューオリンズでレコーディングしたアルバムをリリースして注目を集めたのも、その頃だ。
ある日、ニューオリンズに遊びに行ったジロキチの女性客が、お土産に一枚のCDを持ってきた。ニューオリンズいちの歓楽街・バーボンストリートでピアノの弾き語りをしている85歳(!)で、名前はアル・ブラサード。・・・聞いたことのない名だ。
カバージャケットには、口ひげと赤いソフト帽がお洒落な黒人のおじいさんが写っている。
早速聞いてみた。軽快で力強いブギウギピアノが流れ出し、辺りがニューオリンズの雰囲気に染まった。シカゴブルーズやニューヨークの洗練されたジャズとも全く違う。泥臭くて、陽気で、思わず踊りだしたくなるようなリズム。
南部訛りある歌声は、のびやかで艶がある。歌とピアノの他に、ところどころで聞こえるトランペット。実はこれ、ヒューマントランペットというオリジナルの必殺芸で、口でトランペットそっくりな音を出しているというのだ。
聞けば聞くほど、とても85歳とは思えない。
ぜひ、ジロキチに呼びたい。こんなに高齢で無名で、ニューオリンズの秘めた人間国宝のような人を呼べるのは、自分しかいないではないか!
思い立ったが吉日。すぐに電話で「日本に来ないか?」とストレートに交渉すると、あっさり「OK!」の返事。こうして、アルの初の日本ツアーが決定した。
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生粋のニューオリンズっ子、アル・ブラサードは、バーボンストリートのセブンイレブン(711番地なので)という小さなバーで、週5日、夜の9時から午前2時まで演奏をしている。ピアノを始めたのは6歳の頃というから、かれこれ80年近くもピアノをひいていることになる。なんとあのサッチモ(ルイ・アームストロング/ジャズトランペットの巨匠)と友達で、共演したこともあるらしい。若い頃はビッグバンドにいたが、バンドの人数が多いと、当然一人頭のギャラが少なくなるので、40年前からソロで弾き語りをするようになったそうだ。
なにせ高齢のため、長時間の飛行機に耐えられるか、など心配は多々あった。実際、出発前にパスポートを失くすというトラブルがあり、肝を冷やしたが、なんとか無事に成田に到着。ジロキチに着くと、居合わせた常連客達を相手に、早速ピアノを弾き始めた。
一瞬にして、ジロキチがニューオリンズになった。初めてナマで聞く本場のブギウギピアノの迫力に、耳の肥えた常連達も度肝を抜かれた。ヒューマントランペットは、どことなくユーモラスで、周りから笑いと拍手がおこった。
定番のセントルイスブルースは一般に知られているメロディーラインとちょっと違う。おそらくアルの歌の方が原型なのだろう。
「まるでジャズの生き神様だな!」
どこからともなく、そんな声が漏れた。
* * *
アルの日本での最初のステージは、私の企画したジロキチ17周年記念の野外コンサートだった。あいにくの雨模様だったが、黒のスーツに、黒のソフト帽でバッチリ決めたアルは、雨を吹き飛ばすような百万ドルの笑顔でステージに登場。
まずは、アップテンポの軽快なブギで盛り上げる。一曲目からもう皆ノリノリだ。
「いいぞ、アルじいさん!」
客席から声援が飛ぶ。長年ニューオリンズの歓楽街で鍛えられた力強いピアノに、誰もが惹きつけられた。(つづく)